
会派市民クラブで、徳島県阿南市の中山間地域「加茂谷地区」にて2月19日、農村RMO(地域運営組織)の取組を視察してきました。
今回の視察は、人口減少と高齢化が進む地域において、住民主体でどのように地域運営を再構築しているのかを学ぶことが目的です。現在、神余地区でRMO設立を検討している住民の方々も同行し、設立プロセスや事業設計、行政との役割分担、自立化の仕組みについて直接お話を伺いました。
お忙しい中ご対応いただいた農業生産部会長の松崎様はじめ、県職員の清水様、RMO、地域おこし協力隊の皆様、誠にありがとうございました。
元タクシー会社を改修した拠点から始まる挑戦
視察先の事務所は、元タクシー会社の営業所を改修した建物でした。
地域資源を活かしながら拠点を整備している点からも、加茂谷らしさを感じます。
対応してくださったのは、
- 農業生産部会長
- 生活支援部会の書記
- ジビエ加工担当
- 徳島県農業支援センター職員
- 地域おこし協力隊の皆さん
現場で実践している当事者の言葉は、非常に具体的で説得力がありました。
加茂谷地区の現状
加茂谷は那賀川中流域に広がる10カ町で構成され、人口は約1,800人、高齢化率は42%を超えています。
スダチやチンゲン菜、いちご、水稲など農業が盛んな地域ですが、
- 集落機能の低下
- 農地の維持
- 後継者不足
- 生活インフラの不安
といった課題が顕在化しています。
しかし、加茂谷には大きな強みがありました。
RMO以前から続く住民活動

14年前、住民主体で「加茂谷元気なまちづくり会」が結成されました。
その活動は全国的に評価され、
- 農林水産大臣賞受賞
- 「ディスカバー農山漁村の宝」受賞
- NPO法人化
と発展してきました。
つまり、RMOはゼロから作られたものではありません。
長年積み上げてきた住民活動の延長線上にあるのです。
RMO導入の本当の理由
活動が成熟する一方で、
- 担い手の固定化
- 組織の高齢化
- 若手・女性の参画不足
という課題が生まれました。
そこで農村RMO事業を活用し、組織を再編。
部会制を導入し、
- 農用地保全
- 地域資源活用
- 生活支援
を柱に活動を展開しています。

行政は主導ではなく「伴走支援」で、あくまで地域活動の合意が大切。ここが非常に重要なポイントです。
農業を「地域全体の仕事」に変える
農用地保全部会では、
- 竹林のチップ化
- 草刈り隊の結成
- 獣害センサー導入
- 農家民泊の実証
などを実施。
個々の農家の問題ではなく、地域全体で農地を守る仕組みに転換しようとしています。
視察の最後には、農業生産部会長・松崎さんのハウススダチ圃場を見学しました。

30軒以上の農家が共同出荷し、全国のハウススダチの大部分を担っているとのこと。露地畑も広がり、有休農地やハウスは組織が仲介して後継者につないでいます。
ジビエと竹細工の融合
地域資源活用部会では、
- 空き家活用
- 防災キャンプ
- 鹿皮加工
- 竹細工との融合アート制作
など、ユニークな取り組みが展開されています。

ジビエ皮を加工した作品は、地域の新たな可能性を感じさせるものでした。
自主財源の確保「すきとく市」
特筆すべきは自主財源です。
地元スーパーと連携し、地域に集荷場を整備。
大根一本から出荷できる体制を整え、年間出荷額は約7,000万円。
その3%が運営費に充てられています。
補助金依存ではない持続可能な仕組みが構築されている点は、大きな示唆です。
教育にも波及するRMOの力
学校統廃合議論の中、小学校は小規模特認校として存続。草刈り隊が畑を整備するなど、地域が学校を支える取り組みが始まっています。
また、SMOUTを活用して地域おこし協力隊を募集。
有料サービスをRMO事業費で活用するなど、柔軟な発想も見られました。
RMOは「実験装置」

3年間の取組で、
- 農地保全体制
- 移住基盤整備
- 交流拠点形成
- 新事業創出
が実現しました。
RMOは地域課題を試行・検証する「実験的プラットフォーム」として機能しています。
本質は「住民自治の再構築」
加茂谷RMOの本質は、制度導入ではありません。
行政が動かすのではなく、
- 住民が課題を共有し
- 住民が議論し
- 行政が伴走する
という関係性を築いていることです。
RMOの過程を通じて、地域課題への理解者が増え、将来を主体的に考える住民が育っています。
館山への示唆
館山市でも行財政改革が進む中、単なる縮小ではなく、住民自治をどう再構築するかが問われています。
農村RMOを検討する際には、
- 既存活動を基盤とすること
- 合意形成を重視すること
- 計画をもとに着実に実行する主体を設計すること
が不可欠です。
加茂谷の取組は、人口減少社会における地域経営の先進事例であり、極めて示唆に富む視察となりました。